幸運な1日だった。
取材1)雪が5cmほど積もった梓川の土手を上流へ、どれがケショウヤナギか分からない身でその木を探して一人歩いてゆくと、後から4、50代の長靴男性が追いついてきた。なんと、「雪がふったから」ケショウヤナギを撮りにきた人だった。しばし連れ合って進み、あれがケショウヤナギ、と教えてくれたのは全体が紅がかった木だった。2本あった。その人はさらに上流へと去った。
取材2)旧三郷村の住吉神社に行くと、テレビカメラがあり、10数名のカメラマンがいた。信濃毎日新聞の腕章も見えた。祭りに遭遇したのだ。社殿内での神事の後、貞享2年以来324年ぶりだという湯立神楽の奉納があった。まずは大釜の熱湯をササの葉で払ったのだが、風下にいたから湯気でなにがなんだかわからんという大失敗をしてしまった。(湯立神楽写真1写真2)。続いて、毎年3月に筑北村の刈谷澤神明宮で行われているお田植え祭りが出張奉納された。こちらは観客が豊作を願い、張り子の黒牛や祭人に雪を投げかけるというもの。3周廻った最後に、おいらも雪を一つかみ投げて祭りに参加した。

Fine Pix S5/105mmマクロ/2009.2.21松本市梓川左岸

タチアオイ、ゼニアオイ、ウキツリボク追加しました……信州・草花木実へ飛びますか?

22日付信濃毎日新聞の朝刊1面ど真ん中に住吉神社湯立神楽の写真が掲載され、飛び散った湯がストロボ発光でバシッと撮れていた。さすが!
「貞享3年」は、中萱村(旧三郷村中萱)前庄屋の多田加助らによる、農民救済の加助騒動(貞享騒動)が起こった年。加助らが嘆願書を郡奉行に届けた「越訴」に呼応して、松本領内338カ村のうち224カ村から農民が松本城下に押し寄せた。その数1万余といわれる。
書き綴り帖に、ある地域の記事が出て、1ヶ月ほど後に「歩く旅の地図」にその地域が加わっている、ということに気づかれた方は、サイト管理者としてたいへん嬉しい訪問者です。そうです、3月の終わりには、三郷〜梓川エリアが歩く旅の地図に加わっている、はずですよ)